シナリオと小説の違いについて|シナリオは台詞が重視される

私は小説を書いてから『ゲームシナリオも書けるだろう』と思い、シナリオライターの求人に応募しました。しかし、最初はシナリオも小説も同じようなものだと勘違いしていたので、オリジナルで書いたシナリオは拙いものでした。

その後はシナリオに関する参考文献や、業務委託で実際にライティングの案件をもらう時の資料などを読み込み、ソーシャルゲームなどで通用するシナリオの価値基準を学びました。今回はシナリオと小説の違いをまとめつつ、シナリオの特徴について紹介していきます。

小説とシナリオは形式が異なる

小説は台詞とそれ以外(地の文)で構成されており、登場人物の様子や場面状況など、地の文における語り手(一人称、二人称、三人称のいずれか)が補完します。

それに対し、シナリオには必ず音声で語る演者もしくはゲームのキャラクターがいるため、台詞(セリフ)が重視されるのです。ドラマや舞台などのシナリオでは一部、地の文(説明者)であらすじが語られる場合があるものの、大抵の場合は演者乃至キャラクターの台詞で状況な心理描写を描きます。

※シナリオにおけるフォーマットは、別記事にて紹介したいと思います。台詞に対する感情設定や場面変化の指定など、小説とは違う補足が多いです。

ゲームシナリオは基本読み返してくれない

また、小説との違いとしてゲームシナリオは基本、読み返すことはありません。ソーシャルゲームなどはログで戻ることはできますが、プレイヤーの多くは先へ先へとメッセージを進めていくでしょう。

なので、小説みたいな伏線や少し前の話題を出すことは、シナリオでは思うように上手く表現できません。ライター側が解り易く書いたと思っていても、プレイヤー側は『何の話をしているんだ?』とストーリーが解らなくことがあるのです。

私も実際、とあるソーシャルゲームのイベントシナリオを書いたことがあった時に、クライアント(ディレクター)から『話が読み取りづらい』と言われ、勝手に修正された経験がありました。シナリオは文章表現や言い回しも大事ですが、前提として状況を明白に伝えることが求められます。

読書離れの傾向とゲームシナリオにおける関係性

ここからはあくまで持論の範疇になりますが、近年において読書の習慣が失われていることと、ソーシャルゲームシナリオの傾向は影響し合っているのではないかと思います。

文字を目で丁寧に追って、ゆっくりと咀嚼するように読書をする文化から、テンポ良くタップしてサクサクとストーリーを楽しむ…ソーシャルゲームの普及が広まっているのは、若者だけでなく中年層も解り易いシナリオを好んでいるからでしょうか。

シナリオライターの仕事をした立場より語ると、矢鱈重い話や文体を凝ったシナリオはまず書けません。企画で提案しても間違いなく却下されます。何故なら、シナリオは読み手の欲求をダイレクトに満たすことが目的であり、余計な心理描写や抽象化されたストーリーはその妨げになるからです。

結果、キャラクターの台詞だけのシナリオが生まれる

シナリオの台詞はキャラクターの魅力を引き立てるものであるため、地の文より台詞が優先されます。地の文どころか主人公(プレイヤー)の台詞も一切なく、キャラクターの台詞だけで成立しているシナリオも珍しくありません。

これが小説であれば、まず有り得ないことです。数ページくらいは鍵括弧が連続する場合もあるでしょうけど、まるまる台詞で地の文がない小説って、最早小説ではありませんよね。

特にソーシャルゲームではキャラクターのボイスや動き…ヒロインの魅力などが重視されるので、地の文はほどんと使わないでしょう。私はシナリオライターを志した当初は凄く違和感がありましたが、『小説とは全く別モノなのか』と理解すれば、それなりに慣れました。

まとめ|シナリオと小説の比重

と、いった感じで小説とシナリオは違うという話をさせていただきました。ちなみに私は、シナリオの数万倍小説を愛しています。じゃあ、どうしてシナリオライターになったのかと問われれば、沈黙で返させていただきます。